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最高裁判所第三小法廷 昭和42年(あ)2307号 判決

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人井藤誉志雄、同石川元也、同荒木宏、同木下元二連名の上告趣意について。

論旨第一点は、憲法二八条の解釈適用の誤りをいうが、その実質は、本件被告人らの行為が正当行為にあたらないとした原判決の判断の不当をいうものであって、単なる法令違反の主張に帰し、適法な上告理由にあたらない。同第二点は、事実誤認の主張であって、適法な上告理由にあたらない。

検察官の上告趣意について。

論旨第一点は、判例違反をいうが、所論引用の各判例は、いずれも本件とは事案を異にし、適切な判例にあたらないから、所論は、その前提を欠き、同第二点は、単なる法令違反の主張であって、いずれも適法な上告理由にあたらない。

なお、所論にかんがみ、刑法九五条一項の定める公務執行妨害罪の要件について考えるに、右条項の趣旨とするところは、公務員そのものについて、その身分ないし地位を特別に保護しようとするものではなく、公務員によって行なわれる公務の公共性にかんがみ、その適正な執行を保護しようとするものであるから、その保護の対象となるべき職務の執行というのは、漫然と抽象的・包括的に捉えられるべきものではなく、具体的・個別的に特定されていることを要するものと解すべきである。そして、右条項に「職務ヲ執行スルニ当リ」と限定的に規定されている点からして、ただ漠然と公務員の勤務時間中の行為は、すべて右職務執行に該当し保護の対象となるものと解すべきではなく、右のように具体的・個別的に特定された職務の執行を開始してからこれを終了するまでの時間的範囲およびまさに当該職務の執行を開始しようとしている場合のように当該職務の執行と時間的に接着しこれと切り離し得ない一体的関係にあるとみることができる範囲内の職務行為にかぎって、公務執行妨害罪による保護の対象となるものと解するのが相当である。以上と異なり、職務の執行を抽象的・包括的に捉え、しかも「職務ヲ執行スルニ当リ」を広く漠然と公務員の勤務時間中との意味に解するときは、公務の公共性にかんがみ、公務員の職務の執行を他の妨害から保護しようとする刑法九五条一項の趣旨に反し、これを不当に拡張し、公務員そのものの身分ないし地位の保護の対象とする不合理な結果を招来することとなるを免れないからである。

以上の見地に立って、本件をみるに、原判決は、阿江助役に課せられた職務は、「点呼」および「事務引継ぎ」であり、刑法九五条一項により保護されるべきは、「点呼」の執行であり「事務引継ぎ」の執行であるとし、その「事務引継ぎ」の行なわれる場所に赴くこと自体は、「事務引継ぎ」の予備的段階であって、「事務引継ぎ」そのものではないといい、本件は、右点呼の執行が終った直後点呼の執行場所内およびその出入口附近で生起したもので、「引継ぎ」はそれよりさらに数十米隔った助役室で行なわれるのであって、それは「引継ぎ」の職務執行の着手に近接した場合ではあるが、「引継ぎ」の職務の執行またはその着手と同視できる程度の、まさに職務の執行に着手しようとした場合とも認められず、また、右点呼と事務引継ぎの両事務は全然別個のものであり、ただ、順序として、まず前者を執行し、それが終了してから後者を執行するというだけのことであって、この両事務を一連の事務とし、その間の点呼場より助役室に赴くことを職務自体と解することはできないとし、したがって、被告人らの阿江助役に対する暴行は、同助役の職務の執行にあたり加えられたものとはいえない旨の認定ないし判断をしているのである。

右の認定・判断は、前叙の当審の見解に照らし、首肯し得ないものではない。

以上のほか、本件につき、刑訴法四一一条を適用すべき点は認められない。

よって、同法四一四条、三九六条により、主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官松本正雄の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官松本正雄の反対意見は、次のとおりである。

わたくしは、原判決ならびにこれを維持する多数意見が、刑法九五条一項の「職務ヲ執行スルニ当リ」の解釈として一般的に述べているところは正しいと考えるが、本件の具体的事案において、被告人らの暴行が阿江助役の職務の執行にあたり加えられたものとはいえないとし、公務執行妨害罪の成立を否定した点については、にわかに賛成することができない。次にその理由を述べる。

公務執行妨害罪の規定が、公務員を特別に保護しようとするものではなく、公務の適正な執行を保護しようとするものであること、その保護の対象となる職務の執行は、漫然と抽象的・包括的に捉えられるべきではなく、具体的・個別的に特定されるべきものであること、「職務ヲ執行スルニ当リ」というのは、当該職務の執行中ならびにその執行と接着しこれと切り離し得ない一体的関係にあるとみられる時間的範囲を指すものであること、以上の点については、わたくしもあえて異論を唱えるものではない。しかしながら、刑法九五条一項の規定する公務員には広く種々の者が含まれるのであり(刑法七条一項参照。たとえば、郵便集配員の如きも刑法上の公務員にあたること当第三小法廷昭和三五年三月一日判決、刑集一四巻三号二〇九頁の判示するとおりである。)、その担当する公務も各種、各様であって、公務員の取り扱う事務のすべてが含まれているのである。したがって、公務によっては、その職務内容を個別に分解したり、その過程や段階を分断、区別して、それぞれの開始、終了を考えるのは困難なことが多く、むしろ勤務中の行為は諸種のものが連続し、結合して一個の公務を形成しているとみるべき場合が多いと考えられる。このような点からすれば、刑法九五条一項の予定する公務員の職務は、場合によっては、ある程度継続した一連のものとして把握してもよく、そのように把握しても職務行為の具体性、個別性を失うものではないと解するのが相当である。もとより、わたくしとしても、職務行為を常に漠然と捉えてよいというのではなく、たとえば、勤務時間中にある公務員に対しては、いかなる場合にも公務執行妨害罪の成立が可能であるとするものではない。しかし、これを本件についてみると、原判決によれば、阿江力が担当していた当直助役の職務は、要するに駅における一切の業務を処理すべき駅長の職務を補佐、代理することであり、その作業は、先ず駅員に対する点呼を行ない、続いて前任者から事務引継をうけることによって始まるというのであって、右点呼と事務引継は引続いて行なわれるべきものであり、その間には休憩等の自由時間は予定されていないというのである。しかも、点呼の場所である会議室と事務引継のなされる助役室とは数十米離れているにすぎず、その間は徒歩で約一分を要するだけというのである。右のような当直助役の職務内容ならびに点呼と事務引継との時間的、場所的な接着性、近接性等からすれば、被告人らが暴行を加えた段階においては、被害者たる阿江力は当直助役として点呼ならびに事務引継という一連の職務を執行中であったとみるのが相当であるといわなければならない。原判決のように、点呼と事務引継とを全く別個の職務行為と解するのは、事案の実態に即さないものというべく、ひいては、公務の適正な執行を保護すべきものとする刑法九五条一項の趣旨にもそわないというべきである。

以上のように考えると、本件においては公務執行妨害罪の成否を認むべきものであり、これを消極に解した原判決は、刑法九五条一項の解釈、適用を誤ったものであって、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものといわなければならない。よって、わたくしは、刑訴法四一一条一号により原判決を破棄し、本件を原裁判所に差し戻すのが相当であると考える。

(裁判長裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美 裁判官 関根小郷)

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